西東京市田無町にある極真空手の道場です

佐野先生 独占ロングインタビュー2

 

極限状態から
立ち上がるために



――そこのところの、究極の自己対決みたいなものの凄さは、以前全日本大会で存分に見せていただきました。

「38歳のオッサンが、普段稽古をしているって言ったって、バリバリの若手や世界5位のロシア人と試合って、無茶言いますわ(笑)。」
――確かに(笑)。
「でもその無茶を押忍って挑戦してしまう自分が、実は自分で大好きなんですよ。自分自身に対し『勝負だ!』、と。ようは考えようですから」

――前向きですねー。

「で、一番の敵は相手じゃなくて、自分の甘えとか、逃げ道とか、そういう弱さだと思うから、やっぱりやる以上は全力を出したい。『倒されても、しょうがいないか』って思ったらただのつまらない試合になってしまう。そうなりたくないから、稽古中は私の背負っている指導者という肩書き、子育てパパ、年齢を負荷でなく当たり前のことと思いました。なんか手を抜いたら皆こけると思って。

――これは両立というよりリンクしているという感じでしょうか?。

「そうですね。まずアマチュアリズムで仕事・生活がありその上に成り立たねばならない。そして稽古で追い込む事でその仕事生活にハリが出る。」

――相当、追い込んだそうですね。

「この歳で水道の水が美味いと感じられるくらいはやりましたよ。」
――本当にとことん、やったんですね。

「でも、それは何のためにやってるかって言えば勝つためにやってるんで、もしかしたら指一本触れられないかもしれないけど、ハナから負ける勝負をしにくつもりはないぞ、と。たとえ1%でも勝てる可能性があるのなら、俺はそれに掛ける。一発でも俺の技が当たったらダメージをあたえ倒す可能性があるって・・・。」

――俺はそこに賭けるしかない。

「一発の奇跡に賭けて試合場に上がったんですけど、そこにあったのは現実だったんですよ。ところがね、前の自分だったら戦ってないですよ。あそこでね」

――投げていたということですか?

「もういいかって。がんばって、強豪相手にあそこまでやって、このまま倒れたって俺の名誉は傷つかんだろって。前の自分にはそういう気持ちがあるんですよ。立ち向かったらったらまた蹴られるわけでしょ。残り時間、まだこんなにあるのかって話ですから。ところが、『あの稽古はこの時のための稽古だ!俺はやれるんだ。』って思った瞬間、殴ってるんですよ」
弱さを乗り越える
――そこが、本当の意味での勝負の分かれ目なんでしょうね。

「そこだと思うんです。だから、そういう意識の中のコントロールを、常に稽古の中で、わざと厳しい方へ自分を向かわせる。例えば、試合前なのに残業でくたくたになったとしましょう。退社後から稽古だ。そしたら帰って1時間でも休もうと思う自分があるわけですよ」

――そう考えますね。

「でも1時間で復活できるか? 『今日は休もう、明日頑張ろう』ってならないか? だったら休む前に先やろう。それから寝たらいいかって」

――うーむ、厳しい選択ですね。

「でも、そういう闘いを日々していると、無意識の中の意識行動がそっちに行くんですよ。本当に厳しいときに、やれてるんですよ。これってりっぱなメンタルトレーニングじゃないでしょうか?自分は稽古とは試合中『あれよりは楽だ。』と思えるのがベストではないかと思います。」

――試合のために、今は無理しないでおこう、なんて思いがちですけど(笑)。

「ところが、そうじゃないんですよ。やるべき稽古を逃した時って、無意識の中の意識行動で人間は投げてしまって、あとで後悔するんですよ」

――なんでもうひと頑張りできなかったのかって。

「だからホントに強くなるための練習をやってるかと自分に問います。この前の試合見てたら、きつい時に休んでるだろ、あとひとがんばりできるはずなのに、そこで終わっただろって。その練習で、もう一歩いく、他人が止めてもいく。自分がそういう練習ができるようになったのは35過ぎてからですよ。出し切って、倒れて終わりましょうって。しんどいですよ。毎回はできません。でも、何回か一回でも、そういう自分の限界点を超えるチャレンジをする。その積み重ねが、土壇場の強さを生むんだと思うんですよね。後は仕事や生活で疲れたのは稽古で汗をかいたほうが結果的に楽になるんです。無料のサウナか温泉ですよ。」

その3へ続く。。。

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